ドーナツ

シナモンドーナツ探索記-その1 チガヤ森下店-

日曜日の森下駅周辺は往来の人もまばらで隅田川のほとりのように静かな時間が流れている。私が小学校に通っていた昭和の教科書では「ゼロメートル地帯」と分類されていたエリアの近くに位置するこの場所は、近年、清澄白河駅周辺にカフェ・コーヒーのお店が集まるなど、かつて私が抱いていたものとは違う洒落たイメージを打ち出している。

おしゃれなイメージの街の地中深くには西暦2000年に都営大江戸線の森下駅が開業した。この大江戸線の開業により都営新宿線との乗換えも可能となり、都心部へのアクセスもよく、今では多数の小型マンションが軒を連ねた住宅街の側面も兼ねそろえた街となったようだ。

地下鉄から地上に上がったところに位置する交差点には、ロ・ワゾ・ブリューがある。モンブランが評判のケーキ屋で、お店の看板には濃い青の上に金色の文字で「L’OISEAU BELU」と綴られており日本人の私が解読するには敷居が高いことをあらためて認識した。

森下駅前の交差点を菊川駅方面に歩く。交差点からすぐのところに「小川珈琲」があり、既に店内は満席のようだ。店舗の外では店に入ろうか話し合っている男女2人組がいる。コーヒーを目当てで考えれば駅チカでおしゃれな「小川珈琲」も選択肢なのかもしれない。だが、本日の目的はコーヒーではない。この店ではないのだ。そのまま歩道を少し歩くと、今度は「福どら」が見えてきた。「どら焼き」は魅力的だ。幼いころにテレビでよく見ていた青いキャラクターの影響を受けたか受けないかは定かではないが、和菓子の中でよく食すベスト3には入る。だが、ここも今日の目的ではない。お店の前で足を止めかけたが、そのまま前に進むことにした。

今日の私は「ドーナツ」を求めてきた。目的はそろそろ東京近郊で幻の食物として指定されてもおかしくない「シナモンドーナツ」だ。思い返せばいまだかつてこれだけ「ドーナツ」を手にすることが容易な時代が日本にあっただろうか。それにも関わらず「シナモンドーナツ」は手にすることが年々困難になってきていると感じるのは私だけでないはずだ。

世界的な「シナモン」不足とのニュースはない。そうなると「シナモンロール」の台頭により、「シナモンドーナツ」の居場所が奪われてしまったのかもしれない。世界に誇る日本のドーナツチェーン店、かの「ミスタードーナツ」でも「シナモン〇〇」という商品はファンシードーナツに分類され目にすることは少なくなってきている。シナモンで定番メニューとしてランクインしているのは「もっちりフルーツスティックシナモン」のみだ。(2024年4月調べ)

私の感覚と実態調査において、これはリアルドーナツ化現象とも言えるもので考えてみると、特に東京においてはシナモンドーナツに出会うことが難しい気がする。一方、仕事の出張の折に地方のミスタードーナツに足を運ぶとまだまだシナモン系ドーナツを見かけることがあり、ファンシーとして分類されているにもかかわらずよくぞ作ってくれたと心の中では作り手に握手を求めたくなる瞬間がまだまだある。

職場が都内にあることを考えると、都内のミスドでは「シナモン」の文字すらほぼ目にしない今、このシナモンドーナツ欠乏症とも言える症状に対処せずには生きられない。きっと昭和生まれの人間のDNAにはシナモンに関する何かが刻まれているのだ。

そんな衝動に駆られてシナモンドーナツをインターネットで調べることにした。

インターネットで調べた結果、私は過去に「シナモンドーナツ」が売っていたという写真が上がっていたお店「チガヤ 森下店」に向かっていた。

チガヤ森下店は昭和に建てられたであろう古いつくりの住宅兼商店の建物を改装してオープンしたようだ。1階の店舗入り口は透明なガラスの引き戸で、外からも店内がはっきりと見える。

チガヤ森下店

チガヤ森下店_外観

ガラス越しに見える店内は、おしゃれで洗練された空間のように見え、建物外観とのギャップがある。内装はシンプルだがおしゃれな空間を作り出していることもこのお店の人気の理由であろう。

ガラスの引き戸は今でこそほぼ見かけない家の顔となったが、祖父母と暮らしていた家は引き戸であったことを思い出す。趣があると思うのだが防犯の面で考えると、今となっては平和な時代の建物構造とも思える。

引き戸を開けて店に入ると、1階の右手にはパンとドーナツを並べたカウンターがある。店内にはジャズが流れている。左手に小さな丸テーブルの客席が数席あり、奥に行くと上の階に続く階段がある。一階には先客が3人。全員女性だ。時間はランチタイムを過ぎていて、先客は遅いお昼か、cafeタイムか、どちらの利用だろうか考えてみる。そのどちらでもないのかもしれない。

カウンターの上に並ぶパンとドーナツには手書きの説明が添えられている。既にかなり売れてしまったあとなのだろうか。想像していたよりも種類が少ない。私が探していたシナモンドーナツは・・・ない。既に売り切れてしまったのかもしれない。皆がこぞってシナモンドーナツを買い求めたというのであれば、シナモンドーナツ界の救世主となり得る。そんなことを考えていると、後から入ってきた客が私の後ろにならんだ。

シナモンドーナツがないからと言って、カウンターで商品を選ぶのにまごついている男は格好悪い。後ろの客もシナモンドーナツがないことに動揺する男を見に来たわけではないはずだ。

動揺を抑えつつカウンターの商品に目を向ける。シナモンドーナツに代わるものはなかなかないものだ。とはいえ、折角訪問したのだからパンではなくドーナツにすべきなのは分かっていた。

カウンターからホイップドーナツを1つトレイに載せた。レジには若い女性スタッフが1人。バックヤードは狭く、今は他のスタッフはいないようだ。飲み物にアイスコーヒーを注文すると、1度、店の奥に下がりアイスコーヒーをついで女性スタッフが戻ってきた。

会計を済ませると女性スタッフはトレイにアイスコーヒーを載せ、手慣れた手つきでホイップドーナツに紙をクルクルと巻き付けた。

ドーナツとアイスコーヒーをのせたトレイを持って店舗の一番奥に進む。左手にある階段の下の席では何かの動画を見ながら食事をしている女性の横を通り過ぎ、階段を上った。

チガヤ森下店の2階は思った以上に天井が高く開放的に感じる空間だった。階段を上ってまっすぐ進み、外が見える窓際の席に座った。窓側の部屋は天板が外され梁が見える空間で、窓枠は木でできている風情のある作りだ。よく見ると古いつくりの窓の外にもう一つのガラス窓があり、リアルな2重窓となっていた。古い建物の中から外を見る不思議な感覚。シナモンドーナツがあればもっとよかっただろう。

チガヤ森下店_2階窓側席

私が座った席には窓際の席とテーブル席がある。窓際の席にはパソコンを開いてイヤホンをしながら何かを入力している女性1名、カップル1組の3人。窓側の一番隅の席は人が座っていないのに、食べ終えたトレイや皿が置かれたままとなっている。一方、テーブル席ではカップル1組と女性の2人がいた。パソコンの女性はどのぐらい店にいるのだろう。トレイの上にあるサラとカップは空のようだ。彼女はイケヤの青いバッグを隣の席に置き、混み合っていることを気にすることもなく作業をしている。鋼のメンタル、鈍感力、俺様力、いや王女様力か、とにかく混みあっている店内に合って、堂々としているのは素晴らしいが、その立ち振る舞いとイケヤのバッグのミスマッチについて考えてみた。すぐにやめた。

チガヤ森下店_アイスコーヒーとドーナツ

人間観察を一通り終えたので、ドーナツタイムへ突入した。窓際の席は陽が当たり暑かったのでテーブル席に移動した。チガヤのホイップドーナツはもっちりとした食感が特徴で、ボリュームもあり1個でも十分楽しめる。だが、食べ進めても女性店員がドーナツに巻き付けてくれた紙の使い方がイマイチ分からない。このひねった紙の部分はどうすればよいのだろうか。SNSへ投稿するべきかもしれない。

注文したアイスコーヒーは色が淡く、世間一般の濃い色のアイスコーヒーとは一線を画す。一口飲む。うむ。なるほど。やはり、そうか。と思いながらもうひとくち口にする。薄い、とても薄いアイスコーヒーだった。色を見たときから予感はしていたがやはりそうだ。アイスティーと言われてももしかしたら気が付かない人もいるかもしれない。コーヒーはドーナツを引き立てるためにこのような味をあえて設定しているのかもしれない。ただ、やはり甘いドーナツと合わせて飲むならある程度のパンチ(苦味)がコーヒーにはあるべきだろう。

古民家を改装して作ったおしゃれな空間でもちもちのドーナツとコーヒー、そしてジャズ。恐らく店内では最高齢の私。これでシナモンドーナツならばこの旅は終わっていたかもしれない。

私は苦味の少ないコーヒーを飲みながら窓から外を眺めていた。

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