自分がなれるもののための準備
今の自分を手放すことが出来るか?
こんにちは。七転び八起きです。
今日の心に留まった言葉はちょっと長い。
大切なことはこれだ。
いつ何時でも、
今の自分を、これから先、自分がなれるもののために、
犠牲にする準備が出来ているということだ。 シャルル・デュボア
いま、僕は転機を迎えてるんだろう。だからこういう言葉が引っかかるし目に付く。自分とはどんな人間かを再定義するときなのかとも思う。
そんな時期だと思っているから、以前に読んだはずの本の冒頭でいきなりこの言葉が飛び込んできた。
肩の力を抜いていまを受け入れる
僕はかつて過去に固執する質だった。過去に起きたことのうち、衝撃を受けたこと、悲しかったこと、悔しかったことなどを手放すことが出来ないでいた。
それをやっと噛み締めて感じて、手放すことが出来るようになったのに、今度は負の遺産ではなく、過去の栄光も手放すときがきているのだと思う。
そして、新たな自分になるために、今の自分を犠牲にする覚悟が問われている。
きっと、この問の答えは「はい!やります!」とか、そんな答えではなく、「肩の力を抜いてこらから起こることを受け入れて、吸収していく」だけでいい。
そんな風に感じる。
もともと、人生は戻ることの出来ない強制スクロールのゲームみたいな感じ。分岐点はあるけど、たどり着くゴールも違うけこともあるけど、どの道もゴールがあるし、それぞれのエンディングがある。
ただ、どんな物語の終着点でも、優れているとか、劣っているとかはなくて、そこにたどり着くまでに魂に何を刻んだかのような気がする。
今の自分を新しい自分のために犠牲にする覚悟はある?
僕は過去を手放し、こらからを受け入れる準備を進めてる。そろそろ新たな自分になる新章の始まりかもしれない。